東洋哲学リーダー塾 メール講座 第44回——利より義を選ぶリーダー:損得を超えた決断が、組織の「魂」を決定づける
利より義を選ぶリーダー――損得を超えた決断が、組織の「魂」を決定づける
ビジネスの現場において、「利益(利)」を追求することは、組織の存続に関わる不可欠な要素です。数字としての成果、市場シェアの拡大、そして株主への還元――これらは経済社会という土俵で戦うリーダーにとって、避けては通れない責任と言えるでしょう。しかし、経営が順調な時であれ、あるいは窮地に立たされた時であれ、リーダーの前には必ず「目先の大きな利益」か、それとも「人としての正しさ」か、という二者択一が突きつけられる瞬間が訪れます。
東洋哲学において、この葛藤は古くから「義(ぎ)」と「利(り)」の対立として議論されてきました。「義」とは、それが自分にとって得か損かという利害関係ではなく、「それが人間として正しい道であるかどうか」を問う価値基準です。かつて江戸時代の思想家・石田梅岩や、近代日本経済の父・渋沢栄一が説いた「義利合一(ぎりごういつ)」や「論語と算盤」の思想も、この「義」を根底に置いた経済活動の重要性を説いたものでした。
リーダーが「利」よりも「義」を優先すべき最大の理由は、それが組織の「信(しん)」、すなわち信頼という無形資産の源泉になるからです。
もしリーダーが、一時的な利益のために不誠実な手段を選んだり、弱者を切り捨てたりすれば、たとえ短期的には数字が上がったとしても、組織の内部には「得をするためなら何をしてもいい」という冷笑的な空気が蔓延します。社員はリーダーの顔色をうかがい、保身に走り、組織の「芯」は瞬く間に腐食していきます。一度失われた信頼を回復するには、得られた利益の何十倍もの時間と労力が必要となるのです。
一方で、たとえ大きな損失を被るリスクがあっても「義」を貫くリーダーはどうでしょうか。自社のミスを隠さず公表する。不当な要求には屈しない。目先の契約よりも顧客の真の利益を優先する。こうした「義」に基づいた決断は、その瞬間には孤独で、苦しいものかもしれません。しかし、その背中を見ている部下たちは「このリーダーの下であれば、自分たちは正しく在れる」という誇りと安心感を抱きます。
この「誇り」こそが、困難な状況下で組織を一つにまとめ上げ、限界を超えた力を引き出す真のエンジンとなります。
現代社会は、ESG投資やサステナビリティ(持続可能性)といった言葉に象徴されるように、企業の「義」がこれまで以上に厳しく問われる時代です。しかし、それらは単なる流行のキーワードではありません。東洋哲学が数千年前から説き続けてきた「正しい道を歩む者が、最終的に永続する」という真理の再発見に他ならないのです。
「義」を選ぶには、誠実さだけでなく、周囲の反対や短期的な批判に耐える強靭な「勇気」が必要です。時に孤独を感じることもあるでしょう。しかし、その孤独な決断こそがリーダーの格を決定づけ、組織の「魂」を守る唯一の手段なのです。あなたは今日、その決断を「正しさ」に照らして下せているでしょうか。
『論語』為政篇「義を見てせざるは、勇無きなり」
「義を見てせざるは、勇無きなり」
孔子は、人としての正しい道(義)が何であるかを理解していながら、それを実行に移さないのは、臆病者であり、本当の勇気がない証拠であると厳しく指摘しました。
「義」とは、知識として知っているだけでは意味がありません。それを現実の行動として表現して初めて「義」となります。リーダーにとっての「勇気」とは、単にリスクを取ることや、新しいことに挑戦することだけを指すのではありません。「自分の利害を横に置いてでも、正しいと言える選択を貫くこと」こそが、最高度の勇気なのです。
孟子もまた、この「義」を人間が持つべき最高の徳目の一つとし、利益のみを追う「覇道(はどう)」ではなく、道徳によって導く「王道(おうどう)」を説きました。リーダーが「利」ではなく「義」によって意思決定を行う姿勢を貫けば、その精神は組織の隅々にまで波及し、強固な文化(エトス)となって定着します。
短期的な損得計算はAIにもできます。しかし、不確実な状況の中で「何が正しいか」を自らの魂に問い、損を引き受けてでもその道を選ぶのは、人間にしか、そして真のリーダーにしかできない気高い行為です。「義」を貫くことで築かれる信頼は、決算書には載りませんが、危機に際して組織を救う最強の武器となるのです。
編集後記
「損をしてでも正しさを選ぶ」。言葉にするのは簡単ですが、実際に自分の給与や会社の存続がかかっている場面でこれを行うのは、身が切られるような思いがするものです。
迷ったときは「どちらが得か」ではなく「どちらが正しいか」で考える。そのシンプルで厳しい選択の積み重ねが、リーダーの背中に、言葉以上の深みと凄みをもたらしてくれるはずです。今日という日が、皆様にとって誇り高い選択の積み重なる一日となりますように。
次回予告: 第45回では、「“陰陽”に学ぶ状況対応力――光と影を同時に観る知恵」をお届けします。絶好調の中に潜む危機と、絶望の中に潜む希望。二元論を超えて状況を読み解く東洋的観察眼を紐解きます。
