組織の中の人間学
1.全体のストーリー
本書は三重の構造を持つ稀有な書物です。底本は元(中国)の名臣・張養浩(1270〜1329)が著した「三事忠告」——内閣大臣への「廟堂忠告」、法務警察への「風憲忠告」、地方行政への「牧民忠告」——という三部の忠告書。これに東洋哲学の泰斗・安岡正篤が訓読と繹註を施した「為政三部書」(昭和13年刊)を、さらに渡邊五郎三郎が約三十年の政治秘書・県知事政務秘書としての実体験を通じて現代語で私解したのが本書(昭和56年刊)です。
書名を「組織の中の人間学」とした渡邊の着眼は鋭い。元来は官僚論・政治論として書かれた三事忠告が、読み方によってはすべての組織——役所のみならず企業・団体——に活用できる「人間学の書」であることを見抜いたのです。新日本製鐵の武田副社長が「任怨分謗(怨みを引き受け謗りを分担する)」を座右に据えていたのがその好例です。
本書の軸となる問いは「組織の中でいかに人として立つか」。制度・機構でなく「人物いかん」によって組織の命運が決まるという安岡の根本思想が、七百年の時を超えた張養浩の言葉と共鳴し、現代のリーダーに迫ります。
【全体ストーリーの図式】
2.章ごとの趣旨
まえがき(渡邊五郎三郎)
職業倫理の空洞化を問題提起する。約三十年の政治秘書・県知事政務秘書の体験から、「組織に身を置く者が守るべき職業倫理」が戦後日本でいかに軽視されてきたかを論じる。「三事忠告」を組織全般の人間学として読み解く意図と、副題「安岡先生繹註『為政三部書』私解」に込めた敬意を述べる。
安岡正篤・新序(昭和32年)
「政治と役人とを善くすることが国民生活の進歩幸福を実現する一番の捷径」と断言。西洋流の制度・機構(Checks and balances)主義を批判し、東洋の政教は「政治や役人にどういう哲学・信念・道徳を持たせるか」に主眼を置いてきたと説く。昭和13年の大陸従軍中に張養浩を熟読した感激と、当時の将校・官吏への配布の縁起を語る。
安岡正篤・旧序(昭和13年)
張養浩に初めて出会った感激を克明に記す。「三事忠告」を偶然手にしたその瞬間から、牧民忠告序・風憲忠告序・廟堂忠告序と読み進み、「これは何という忠厚の書か」と歎じた体験。七百年前の元の高官が自ら実践したことを書物にしたという重みが安岡を打つ。
解題・著者張養浩について
張養浩(字は希孟、号は雲荘、1270〜1329)の生涯と人物。済南出身、元の仁宗期に宰相として活躍。北支監察長官・地方長官として「廟堂忠告」「風憲忠告」「牧民忠告」をそれぞれの任にあって著す。陝西大旱の際には私財を投じて民を救い、疲れ果てて任地で没した。「寄語す廟堂の賢宰相」の詩に代表される人道的気概と実践の人。
第一部:内閣大臣に対する忠告(廟堂忠告)全10条
立派な人物の言行は、その人が死んでも生きているのと同様に影響を与える——序にそう記す張養浩が、宰相の任にあった体験と省察をまとめた書。身を修めること(清廉・真心・慎しみ。諸葛孔明の清貧と唐の元載の貪欲蓄積・失脚を対比)、賢者を用うること(自分が出来ないことは出来る者を推挙する公正さ)、民を重んずること、先々に心すること(予知の備え)に始まり、陰陽の調和、道に当たって甘んじて人の怨みをうけること、同僚の受くべき謗を我が身に分担すること(任怨分謗)、変に応ずること、忠言をたてまつること、自ら律することへと至る。
第二部:法務警察に対する忠告(風憲忠告)全10条
御史(監察官)の任にある時の著。「風紀の要務を言うこと凡そ十章」——組織の規律・風紀を保つ監察の道を論じる。正しい道を示し教える、ひろく意見をきく、行をしらべる、罪過をつまびらかにする、法律を師とす(私情に流されず法を師とする)、人材を薦め挙げる、非違をただす、天子に直接言上する、節を全うする、厄難にのぞむ——の十条。風憲の職は「最も難しく、最も危い」局であると自覚せよと説く。
第三部:地方行政に対する忠告(牧民忠告)上・下巻
県令(地方長官)の任にある時の著。「忠厚の至」と安岡が歎じた本書の中核で、「民を牧う者」の心構えを最も具体的・実践的に説く。上巻は任命をかしこみうけることに始まり、心を見て己を省みること、公務運営の原則(予知・訴えのさばき・欲の戒め・民職は濫りに授けず・本当に民を思えば才智は生まれる)、下僚をおさめ民の病を自分の病と思うことを論じる。下巻は徳化・威厳・道義、農学の奨励、孤独な者への憐れみ、裁判の慎重、囚人・風紀の取締、そして凶荒への備え(徴税の平均・火災の救済・流民の保護)へと及ぶ。
3.内容(主要論点)
制度主義 vs. 人物主義——東西の根本差異
安岡の「新序」が鮮明にする対比:西洋は Checks and balances(悪をいかに防ぐか)を主眼に制度を設計し、東洋は指導者の哲学・信念・道徳(いかに善く在るか)を主眼に政教を構築してきた。どんなに善い政策も悪い役人が動かせば悪化する——制度よりも人物こそが組織の命運を左右する。
任怨分謗——上に立つ者の盾となる勇気
廟堂忠告第七条の「同僚の受くべき謗を我が身に分担すること」が本書の最も有名な言葉の一つ。組織の長・上司は、部下が正しいことをしたために受ける非難を自ら引き受ける覚悟がなければならない。「任怨分謗」を座右とした武田副社長の例が示すように、この精神は現代企業のリーダーシップ論の核心でもある。
民を視ること傷つけるがごとし——慈しみのリーダーシップ
牧民忠告を貫く精神。地方長官は「民を牧う者」であり、民の苦しみを己の苦しみとして感じる感受性こそが政治の根本。飢饉の民を哀れんで詩を朝廷に訴え、自ら食糧を放出して無数の命を救った張養浩の実践が、この言葉に圧倒的なリアリティを与える。
法律を師とす——原則への帰還
風憲忠告・牧民忠告に共通するテーマ。監察官も地方長官も、権勢・人情・私利に流される誘惑と常に戦わなければならない。「法律(道)を師とする」とは、己の恣意でなく普遍的原則に立ち戻ることを意味する。これは現代のコンプライアンス経営の東洋的原型である。
先見の備え——予知こそ危機管理の要
廟堂忠告第四条・牧民忠告上巻に繰り返される原則。「物事は予知しなければ急に応じることは難しい」。平時に五年後・十年後を想定し、余裕をもって手を打つこと——これは組織のリーダーが常に持ち続けるべき態度である。
職業倫理の根拠——組織人の使命と社会責任
渡邊のまえがきが問う現代日本の課題:戦後の「労働者としての権利主張」一辺倒の風潮の中で、職業に附随した「社会責任・職業倫理」が軽視されてきた。教育者・マスコミ・政治家・公務員・経済人、それぞれに「社会構成の中核的使命」がある。それを自覚することが「組織の中の人間学」の出発点である。
4.学びのポイント
① 「人物主義」でリーダーを育てる 西洋型の制度・チェック機能だけでは組織は善くならない。リーダーに哲学・信念・道徳を持たせることが東洋の政教の要諦。採用・育成においても「人物いかん」を問う視点を根本に置く。
② 「任怨分謗」——上司は部下の盾になれ 正しいことをした部下が受ける不当な批判を、上司が身をもって引き受ける勇気。これなしに部下は正しい行動を取れない。「任怨分謗」を座右としたリーダーが組織に残した信頼と成果を想起せよ。
③ 「民を視ること傷つけるがごとし」——顧客・現場・住民への深い想像力 顧客・住民・現場の苦しみを自分の苦しみとして感じる感受性。これが政策・サービス・経営の質を決める。張養浩が飢饉の民のために詩を詠み自ら食糧を放出したように、リーダーは現場に降りる。
④ 「法律を師とす」——コンプライアンスの東洋的原型 原則・道を師とし、権勢や人情に流されない強さ。監察官も地方長官も、自らの恣意が最大のリスクであることを自覚している。現代の内部統制・コンプライアンス経営の根拠がここにある。
⑤ 「先見の備え」——平時の危機想定がすべてを決める 「物事は予知しなければ急に応じることは難しい」。凶荒(天災・不況)への備え、火災対応、流民対策——牧民忠告が繰り返す平時の準備。リーダーは五年先の問題を今から手当てする責任を負う。
⑥ 「身を修めること」が一切の根本 清廉・真心・慎しみ——これなしにどんな制度も機能しない。諸葛孔明の清貧と唐の元載の貪欲蓄積・失脚の対比は、七百年後の現代でも色褪せない教訓である。
5.まとめ
『組織の中の人間学』が問うのは、「あなたは組織において、人として正しく立っているか」という根本の問いです。
張養浩は七百年前、内閣大臣・法務警察・地方行政という三つの職を歴任しながら、それぞれの場で「人として守るべき道」を書物に著した。自ら実践したことのみを書いたその誠実さに、安岡正篤は「これは何という忠厚の書か」と歎じ、渡邊五郎三郎は三十年の政治秘書体験を通じて「現代組織の人間学」として読み解いた。
制度でなく人物が組織を動かす。上司は部下の盾になる。現場の苦しみを自分の苦しみとして感じる。原則を師とし権勢に流されない。平時に危機を想定する。そして身を修めることが一切の根本である——この五つの原則が、廟堂・風憲・牧民の三部を貫く骨格です。
リーダーにとっての「組織の中の人間学」とは、地位・制度・機構に頼らず、自らの哲学・信念・道徳によって組織に生命を吹き込む実践そのものです。